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アメリカン・エキスプレスの創業と1950年までの歩み

■ 設立当初は、運送会社

アメリカン・エキスプレス社は、EXPRESS(早い運送便)と名前のとおり、速達ビジネスサービスの会社として、1850年にニューヨークで設立されました。
当時、クレジットカードやトラベラーズチェックは、ビジネスとして行っておらず、小さいが価値が高い銀行の株券や通貨など主に配達していました。

1882年に為替ビジネスに参入し、1891年に世界初のトラベラーズチェックを導入し、開始してから10年足らずで600万ドル以上を販売していました。
この当時、クレジットカードという概念はないため、お店で何かを購入するには、多額の現金を持っていかなくてはいけませんでしたが、それでは旅行中などは、危険性が高く利便性が悪かったため、紛失や盗難にあっても手続きをしておけば、再発行が受けられるトラベラーズチェックは、旅行者やビジネスマンにとても人気になりました。
尚、当時の600万ドルは、今の価値で1億4千ドル程度。日本円換算(1ドル90円)で127億円の規模となりますからビジネスとしての大きさがあわられています。

■ ヨーロッパへのオフィス設立

1895年に最初のヨーロッパオフィスが設立され、 1910年までには、アメリカン・エキスプレスはサウサンプトン、リバプール、ハンブルク、ベルリン、ブレーメン、アントワープ、ロッテルダム、コペンハーゲン、ナポリ、およびジェノバに広がりました。また、1895年に外国為替取引がパリのオフィスで、開始となり1904年には銀行業務を始めました。
1905年には、当時エリス島に設置されていた米国の移民管理局はアメリカン・エキスプレスに公式の通貨交換サービスの窓口を与えられ、何百万人の移民と通貨交換を行っていました。

■ 第1次世界大戦時のアメリカン・エキスプレス

アメリカン・エキスプレスの魅力的な話の1つとして、1914年の第1次世界大戦の歴史があります。
ヨーロッパ中に戦火が広がると多くの銀行は、トラベラーズチェックのような信用状などに対して、お金を支払うのをやめました。
多くの旅行者やビジネスマンがパニックに陥り、アメリカン・エキスプレスのオフィスに並びましたが、アメリカン・エキスプレスは、すべてのトラベラーズチェックと為替を交換することができ、更に信頼が高まりました。
また、戦争の期間に英国政府に指定された公式エージェントとして、ドイツの捕虜として捕らわれた英国の捕虜に手紙やお金を届け、最終的には、オランダ、ノルウェー、スイス、トルコで英国の囚人に150トンの手紙やお金を届けていました。

1915年にアメリカン・エキスプレスは、旅行業務に参入しました。
10年以内で、アメリカンエキスプレスは世界中でヨーロッパ、南アメリカ、極東、西インド諸島と他の目的地の旅行手配を行っていました。
もともと、荷物を運ぶ仕事をしていたので、旅行時の汽船チケットやホテルなどをアメリカン・エキスプレスが予約し取得して、送ることには違和感がなかったといえます。
また、旅行業務を通じて、トラベラーズチェックや為替取引に更に多くの収益を得ていました。

■ 会社存続の危機

1929年は、アメリカン・エキスプレスの存続の危機がありました。
チェイス・ナショナル銀行が数年をかけて静かに株の購入を進め97%を所有していることが判明しましたが、
2つの大きな出来事によって、救われました。
1つは、
残っていた4,702枚のアメリカンエキスプレス株の所有者は、売ることに対して、完全に拒絶か、過大な価格をチェイスに要求したので、チェイス社は残りの株の取得が難しくなりました。
もう1つの大きな出来事は、1933年に、米国国会はグラススティーガル法を可決しました。
この法律の可決によって、銀行がアメリカン・エキスプレスなどの証券業務に携わることを禁じたため、チェイス・ナショナル銀行は、アメリカン・エキスプレスの株を手放す以外の方法がなくなりました。
チェイス事件によってかき乱されて、大恐慌もありましたが、アメリカン・エキスプレスは1930年代を苦心して切り抜けました。
補足:グラススティーガル法は、銀行にお金を預けている人の預金を守るために銀行業務と証券業務の明確な分離を定めた法律です。

1938年と1939年の間、別の世界大戦の見通しがヨーロッパに不気味に迫ったとき、アメリカン・エキスプレスマネージャと25年前会社に働いていた従業員のかなり大きいグループが残っていました。その為、第一次世界大戦の間の経験によって、会社が第二次世界大戦を乗り切るのを助けました。
また、米国の軍人が戦争に参加したとき、トラベラーズチェックで自分達の蓄積された賃金を運ぶよう米国政府によって奨励されて、戦闘員と船員は小切手の価値をドルの何百万ものもの使用し、経済的には悲観的予測にもかかわらず、アメリカン・エキスプレスのビジネスは崩れませんでした。

■ 繁栄期

戦後から1950年までの間、アメリカン・エキスプレスは、ビジネスを再建し成長していました。
1950年の会社の百周年の祝賀までには、アメリカン・エキスプレスの家族は成長し、世界中の173のオフィスで働いている5,500人以上の従業員に
発展し、300万ドル以上の純収入を報告しました。
しかし、クレジットカードが産まれることで、アメリカン・エキスプレスに大きな変化を迎えることになります。


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